Speculations about windows / 窓についての憶測 (2020)

例えば、その日すれ違っただけの人や毎日顔を合わせている人、隣に住む住人、駅前のコンビニの店員や、駅で肩のぶつかったサラリーマン、職場の同僚や部下、上司。

それぞれの事情を抱え、それぞれの人生を生きる彼らについて、私たちはどの程度理解しているのだろうか。毎日顔をあわせ、知り尽くしていると思っている人の事でさえ、私が彼の「内面」として判断し「真実」として確信した(つもりで)いる情報は、窓から漏れる光ほどの量にすぎないのかもしれない。

人が生活し、そのプライベートを包み込む「家屋」というものの中で、最も外部と近く接しているにもかかわらずガラス一枚によって中の情報を遮断している「窓」この作品では、そこから得られる限られた情報による憶測(推測)から、その不完全性、不確実性を問うことを試みている。

写真には短い一文が添えられているが、周囲の情報が削ぎ落とされた窓の写真一枚に対して、それは恐らく、なんの信憑性も持ちはしないだろう。日常において私たちが他者や物事を判断するとき、そこには本当に、判断するに足る情報が存在するのだろうか。手にした情報を、私たちはどれだけ信用し、どれだけ疑えばいいのだろう。

 


 

For example, the people we just passed by that day, the people we see every day, the residents who live next to us, the clerks at the convenience store in front of the train station, the office worker we bumped shoulders with, workplace colleagues, subordinates, and superiors.

How much do we understand about these people, who each face their own circumstances and live their lives? Even with somebody who I see everyday and believe to know thoroughly, the information that I (expect to) firmly believe to be the “truth” by judging that person’s “inner workings” could be nothing more than the light that seeps in through the window.

Even though “windows” are in the closest contact with the outside among the things inside “houses” that enclose the private lives of the people who live inside them, they cut off the information inside through a layer of glass.

This pieces attempts to present the incompleteness and unreliability of the speculations (inferences) based on the limited information obtained through windows. A short sentence is presented with the photo but it likely has no credibility regarding a single photo of a window in which the surrounding information has been scraped off.

When we judge others and things in daily life, is there really enough information to make a judgment? Regarding the information we obtain, how much should we trust or doubt?

 

ヴァンダイク・ブラウン・プリント / 金調色
14×17inch(フレームサイズ)

2020年 Art On Paper Vol3  紙の美術 其の三 : 北井画廊

 

 

LostPossessions (2015-2016)

これは、道端で見つけた落としものをインスタントカメラで記録した作品である。
QRコードにはその物が落ちていた場所を示すGoogle mapの情報を、
またタイトルには、撮影日時とその物が何であるかを記した。

かつての持ち主が何を考え、それをどのように扱い、そしてなぜその手を離れてしまったのか、
私はすでに知る事ができない。聞く事もできない。私にできるのは記録する事だけであった。
しかし、ゴミ同然に見えるこれらはかつて、誰かの生活の一部であり、或いは大切な思い出であり、
その人の領域を形成するパーツであったはずである。それが彼らの勢力圏外に放り出された時、
「もの」は意味を失ってしまうのだ。

意味を失ったそれらが、辛うじて纏っているかつての持ち主の気配に魅せられて、私はこの作品を制作した。

個人の領域を目に見える形で構成しているのは、「もの」であり、それは同時に、個性や自己主張の多様性、その背景、
内包している事情をも垣間見せる。
この作品で私は、見知らぬ誰かの領域につながる断片として、落し物に焦点を当てた。

IMPOSSIBLE社製インスタントフィルム
Camera;SX−70
AVA Magazine(P.10-11掲載)

Neighbors / 隣人 (2015)

 


 

私たちは共に生きている。

「共に生きている」=「社会を形成している」「コミュニティーの中で生きている」ということだとすれば、その社会と社会の関わり方や協調の必要性が「宇宙船地球号」などと比喩されるような国際的、世界的な意味での「共に生きる」という考え方に繋がるのだろう。また、「共に生きる」最小単位としてよく例に出されるのは「家族」だが、その最小単位を形成し得ない一人暮らしという生活形態において、その代わりとなるものは、地域や隣近所に住んでいる人々との関係になるかもしれない。

しかし、私の個人的な経験で言えば、現在の都市部において、その地域、近隣との関係はきわめて希薄であるのだ。最もそこには、あらゆる要因が影響しているだろうが、一番の問題は、私たちは、誰と供に生きるべきであり、一般に「共に生きるべき」とされている人々のことをどの程度知っていて、それは相手を判断するに足る情報量なのか、ということである。多くの場合、容姿や言動、服装、持ち物などで検討をつけ、テレビやネット、親しい人とのコミュニケーションで得た情報を元にそれを補足、拡張して自分を納得させるのだろう。

この作品は、ある個人や集団について、外側から知ることの出来る情報は限られていること、また私たちは周囲に居る人々や自分を取り巻く環境に付いて、多くの場合、無知に等しいのではないか、という私自身の疑問に端を発し、それを実際に私が住んでいるアパート(2015年現在)に置き換え、私がそのどの部屋の人についても詳しく知らないこ、どの部屋のドアの前に立ってみても、住人の個性を凡そ垣間みることが出来なかったことと関連させて、その各部屋のドア(外側)のみを徹底的に観察することに依って、「外側」の無意味さと「内側」の重要さ、「共に生きている」人々についての無知を問うものである。

 

ともだち造り / Making a friend (2012)


 

幼い頃、友達を造れないかと考えた。
小学生になっていたかどうかは忘れた。
|木を切って、釘を打って。
「こうさく」は得意だったから、出来ると思った。

絵本なら、それは簡単に動き出す。
「やあ、つくってくれて、ありがとう」なんて言ったりして。

でも、僕の造ったそれは動かなかった。
当たり前だ。魔法なんかない。
分かってたよそのくらい。

ウルトラマンにも、なんとかレンジャーにもなれないと知っていたから。

分かってた。


When I was young,
I thought about how to make friends.
I don’t remember
whether I had entered elementary school then.
I loved handicraft–severing wood pieces and striking nails into them,
so I had confidence.

In the world of story books, it is begins to move easily that.
And that would say such thing.
“Oh! Thank you for making me! ”
However, when I made that, did not move.

Of course, it doesn’t. There’s no such thing as magic.

…I knew.
I had known that I couldn’t become
Superman or Hero,
so I knew.

 


 

ぼくの実けん室 / My Laboratory (2011)

 


 

地球には日本とアメリカがあって、
外国という国は無くて
コアラはオーストラリアに棲んでいる。
そんなことを知った頃
まだ電車にも自転車にも乗れなかった僕が
一人で行ける世界は狭かった。
アメリカを知りコアラの生息地を知っても、
小さな僕にとっては
小さな足で歩ける場所が世界の全てだったのだ。
家の周りと幼稚園、小学校にあがれば通学路、そのくらい。
小さい足で歩ける世界は、やっぱり小さい。
でも、まだ知らない事ばかりだった小さい僕は
その世界を小さいとは思わなかった。
花が咲き花びらが散る、タンポポの綿毛が飛ぶ、
変な形の石、蝉の抜け殻。
そこにある物が、起こることがなんでも不思議で面白くて、
楽しくて、どうでも良い事でも大発見のように喜んだ。
そんな記憶がある。

あの頃の僕には、小さな世界がきっと
大きな実験室のように見えていたのだろう。


There were “Japan” and “America”.
There were no such countries as “foreign countries”.
Koalas lived in Australia–

At the time when I came to know about these things,
The world I could go on my own was a small one.
I was unable to ride on trains or bicycles.
Even though I knew about America and the habitat of koalas,
For me at my tender age, my entire world was limited to places
to which my short legs could take me
They were just about limited to the areas around our house
and the kindergarten.
When I entered elementary school, the road to and from school
joined that world.
The world had remained small for one with short legs.

However, for me,
I didn’t think my world was small.
Everything that existed
and happened there was marvelous and interesting.
The flowers that blossomed and scattered their petals,
The fluffy hairs of the dandelions that flew in the air,
The stones with strange shapes
and the cast-off shells of the cicadas….

On looking back through these memories,
my small world must have looked like a large laboratory.